仙台地方裁判所 平成7年(行ウ)15号 判決 1998年1月27日
原告
株式会社南蔵王エバクリーン
右代表者代表取締役
阿部幸雄
右訴訟代理人弁護士
関哲夫
同
関聡介
被告
宮城県知事
浅野史郎
右訴訟代理人弁護士
吉田幸彦
同
松坂英明
右指定代理人
小林伸一
外七名
主文
一 本件訴えのうち、原告の主位的請求に係る部分を却下する。
二 原告が平成七年一〇月一六日付けでした廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成九年法律第八五号による改正前のもの)一四条四項の規定に基づく産業廃棄物処理業の許可申請及び同法一五条一項の規定に基づく産業廃棄物処理施設の設置許可申請について、被告が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主位的請求
原告が平成七年一〇月一六日付けでした廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成九年法律第八五号による改正前のもの。以下、単に「廃棄物処理法」という。)一四条四項の規定に基づく産業廃棄物処理業の許可申請及び同法一五条一項の規定に基づく産業廃棄物処理施設の設置許可申請について被告が同月三〇日付けで受理を拒否した処分を取り消す。
2 予備的請求
主文二項と同旨
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、産業廃棄物(以下「産廃」という。)、ゴミ、汚物等の収集、再加工、廃棄処理及び清掃等の地球環境整備に関する事業並びにゴルフ場及び各種スポーツ施設の経営等を目的とする株式会社であり、平成元年頃から宮城県白石市小原字久根山<番地略>に産業廃棄物処理施設(以下「産廃施設」という。)を設置することを計画(以下「本件計画」という。)している。
(二) 被告は、廃棄物処理法一四条四項及び一五条一項の許可につき、国の機関としてその事務を管理執行する者である。
2 行政処分の存在又は不作為とそれらの違法性
(一) 原告は、平成七年一〇月一六日、被告に対し、廃棄物処理法一四条四項の規定に基づき産廃処理業の許可申請及び同法一五条一項の規定に基づき産廃施設の許可申請(以下「本件各申請」という。)をした。
(二) 被告は、同月三〇日、原告に対し、「産廃施設の設置等に当たっては、『産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理に関する指導要綱』(平成二年宮城県告示第五〇五号)に定める手続きを経ることとしております。貴社が平成七年一〇月一六日に当該手続きを経ずに行った本申請は、公益を著しく害するおそれがありますので、取り下げし、当該手続きを経た上で申請願います。」との旨を記載した書面を添付の上、本件各申請の申請書を返戻した(以下「本件返戻行為」という。)。
(三) 本件返戻行為は、被告において本件各申請を審査しない意思を示した行為であるから、それは、本件各申請についてその受理を拒否した行政処分である(以下「本件処分」という。)。
しかし、本件処分は、何ら法律上の根拠なくされたものであるから、違法である。
(四) 仮に、本件返戻行為が行政処分に当たらないとすれば、被告は、本件各申請に対する何らの処分をしない(以下「本件不作為」という。)ものである。
そして、原告が本件各申請をしてから、相当期間が経過しているのであるから、被告の本件不作為は違法である。
3 よって、原告は、主位的に本件処分の取消を予備的に本件不作為の違法の確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の各事実は認める。
2 同2(一)及び(二)の事実は認める。
3 同2(三)の主張はいずれも争う。被告は、本件各申請が許可も不許可も判断できない状況のものであったことから、やむを得ず申請書を返戻したものであり、原告の申請に対し、何ら行政処分はしておらず、事実行為として、本件各申請の受領を拒否し、もしくは書類を返戻したものである。
4 同2(四)前段の主張は認めるが、後段の主張は争う。
三 被告の主張
1 指導要綱と原告に対する行政指導
被告は、原告に対して、産廃施設の設置等に当たっては産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理に関する指導要綱(平成二年宮城県告示第五〇五号。以下「要綱」という。)に定める手続を経ることが必要であり、同手続を経ずに行った本件各申請は公益を著しく害するおそれがあるので取り下げし、同手続を経た上で申請するように行政指導(以下「本件行政指導」という。)し、これを継続するものであるところ、本件行政指導の目的及びその継続の必要性は、以下のとおりである。
(一) 被告は、普通地方公共団体の長として、地方自治法二条三項一号、七号に基づき、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理する責務を、また、環境基本法七条、環境基本条例(平成七年宮城県条例第一六号)四条に基づき、環境の保全に関し、国の施策に準じた施策及び地方公共団体の区域の自然的社会条件に応じた施策を策定・実施する責務を、それぞれ負っているところ、産廃施設は、その設置に際し、あるいはその設置後も、有害物質の排出及び水質の汚染等の危険並びに廃棄物の運搬による交通問題等、付近住民の生活環境及び公衆衛生に影響を与える危険を有し、右諸点につき住民理解を得る努力を十分にせずに施設の建設を強行した場合には、地域住民等との紛争を激化させ、結局は、産廃施設の立地が進まない結果となる。そこで、被告は、右債務を遂行するため、要綱に産廃施設の設置について生活環境の保全及び住民理解に関する手続を定め、かつ、産廃施設の設置を計画する者に対し、要綱を遵守するよう行政手続条例(平成七年宮城県条例第三〇号、以下、単に「条例」という。)に従って行政指導するものである。
(二) 被告が本件行政指導を継続する理由は、次のとおりである。
(1) 要綱三条一項は、事業者等は、産廃施設の設置等に当たっては、廃棄物処理法、同法施行令、同法施行規則その他の関係法令のほか、この要綱に定める事項を遵守しなければならないと規定しているところ、原告には、以下のように、右要綱の不遵守がある。
① 産廃施設の設置に当たって、他人の土地を利用する場合は、当該地の使用権原を有することが必要であるところ、原告は、右施設の建設予定地の土地所有者一名、搬入道路の敷地所有者二名、搬入道路と公道の接続点の敷地所有者数名の同意を得ていない。
② 原告は、産廃施設設置に当たり設ける私道を県道に接続する計画であるところ、県道の管理者及び承認者である宮城県に対して何らの具体的相談を行っておらず、同様に、私道を林道入山線に接続する計画であるにもかかわらず、右接続を許可する権限を有する白石市に対して、原告は何らの具体的相談を行っていない。
③ 原告が右施設の設置を計画している敷地には、建設省所管の国有財産が含まれているが、原告は、その管理を行う白石市及び宮城県に対し、何ら相談を行っていない。
(2) 要綱三条二項は、事業者等は、産廃施設設置等に起因する公害及び災害の発生を防止し、地域住民等の生命及び財産に被害を与えないようにしなければならないと規定しているところ、原告は、産廃施設の設置により、白石市小原地区の下戸沢部落に発生が予想される交通渋滞、騒音、振動、粉塵等の公害に対する具体的対策を検討していない。
(3) 要綱三条四項は、事業者等は、産廃施設の設置等に当たっては、事前に関係市町村に計画の概要を説明するとともに、地域住民等に説明会を開き、その理解を得るようにしなければならないと規定しているところ、原告は、関係住民等に対する右説明会を平成五年六月二六日の一回しか開催しておらず、右設置について、白石市小原地区一五八二名中の四二名の理解しか得ていない。
(4) 要綱三条五項は、事業者等は、関係市町村及び地域住民等と生活環境の保全に関する協定を締結するよう努めなければならないと規定しているところ、原告は、右協定を締結していないし、締結のため努力した経緯も認められない。
(5) 要綱三条六項は、産廃処理業者は、産廃施設の設置計画の策定に当たっては、県内で排出される産廃の埋立処分を優先するものとし、県外で排出される産廃の埋立処分を抑制するように努めなければならないと規定しているが、原告の計画では、県内で排出される産廃の埋立処分を優先させ、県外で排出される産廃の埋立処分を抑制する姿勢が看取できない。
(6) 要綱六条二項は、事前協議書に要綱の別表三(その内容は本判決の別紙別表記載のとおり、以下「別表」という。)に掲げる書類等の添付を要求しているが、原告が参考資料として提出した事前協議書には、別表七、一〇、二二及び二三の書類が添付されていないこと、別表四の書類が必要事項を網羅していないこと、別表六の書類が公共水域への排水基準に関して平成六年改正後の「排水基準を定める総理府令」(昭和四六年総理府令第三五号)を踏まえたものとなっていないこと、別表九及び一五の書類がその要求する対象者の一部の同意書しかなく提出された書面の有効性にも疑義があること等の不備がある。なお、右書面の中には、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和四六年厚生省令第三五号)三条二項一号、一〇条の四第二項六、一〇、一一号に該当する書面が含まれている。
2 調整的行政指導の継続による不作為の適法性
行政手続法三条一項一二号は、相反する利害を有する者の間の利害の調整を目的として法令の規定に基づいてされる行政指導について、行政手続法第二章以下の規定を適用しないとし、条例三条一項七号も、右の行政指導について、行政手続条例第二章以下の規定を適用しないと定めている。
この趣旨は、国民の生活を守るための調整的行政指導については、事実上の強制であっても是とする余地があり、行政手続法によって抑制されないことが望ましいことから、一般の行政指導に対する特例を定めたものと解される。本件行政指導は、本件の産廃施設の予定地の環境悪化等に伴う関係住民と、申請者である原告との利害の調整を目的として、地方自治法、環境基本法等の規定に基づきなされている行政指導であるから、この場合、申請に対する審査・応答を規定した行政手続法第二章七条の適用はないことになり、本件不作為は適法である。
3 申請の取下げを求める行政指導の継続による不作為の適法性
(一) 行政指導に従わない意思の明確な表明の不存在
(1) 条例三一条一項は、「申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請をした者が当該行政指導に従う意思がない旨を明確に表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請をした者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。」と規定しており、これは、行政手続法三三条と同旨の規定であるところ、同条は、申請の取下げ等を求める行政指導を継続することが適法である場合を当然に前提としているのであるから、このような場合は、同法七条が規定する審査の開始、補正の求め、許認可等の拒否が速やかになされないことが違法であるとはいえない。
したがって、条例三一条一項の適用があれば、被告は、原告が本件行政指導に従う意思がない旨を明確に表明しない限り、本件行政指導を継続できるから、行政手続法七条の適用が排除されることとなり、本件不作為は適法と評価されるのである。
(2) 条例三一条一項に「従う意思がない旨を明確に表明した」と規定する点は、最高裁昭和六〇年七月一六日判決(民集三九巻五号九八九頁、以下「六〇年最判」という。)が「行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明した」旨判示した点を明文化したものであり、これと同趣旨に解釈すべきである。そうすると、右条項にいう「明確に表明」とは、「行政指導の相手方の意思の表明について、社会的にも首肯できるような客観的条件が備わっていること」を意味し、また、ここに「相手方の意思」とは、産廃処理の事業についての社会的責任を自覚する者の意思であることを要すると解すべきである。
(3) そして、原告の本件行政指導を拒否するという意思の表明を検討すると、以下のとおり、原告の右意思の表明には、右にいう客観的条件が備わっていないし、原告が事業についての社会的責任を自覚していると判断することもできないから、原告は、いまだ、本件行政指導に従う意思がない旨を明確に表明していないと評価されるのであり、したがって、被告の本件行政指導は適法である。
① 本件計画は真摯に企画・立案されたものとは言いがたい。なぜなら、本件計画はゴルフ場建設計画の副産物として発生したものであり、本件許可申請書の内容は、受理を求めるための体裁を整えたものにすぎず、最低限必要な測量や地質調査もされていない。また、原告は、本件訴訟において、本件各申請に含まれていない廃棄物の中間処理施設の建設を主張したり、実現可能性のない第三セクター方式を主張したりし、事業についての社会的責任を自覚しているとは考えられない。
② 原告の設立以来の経歴は不明であり、休眠会社であって、事業活動はしていないし、商業帳簿等も作成しておらず、法人税の申告もしていない。また、原告は、資本金に対応する資産もなく、その本店所在地は名目上のものであり、従業員もいない。このように、原告は、産廃処理事業を行うに足りる人的能力も経済的基盤もないし、原告が本件各申請書に記載した事業資金の調達方法も全く信頼性のないものである。それにもかかわらず、原告の株式は、数億円の高額で売買されており、本件計画は、私利追求のために利用されていると認められる。なお、原告の代表者は、本件計画の事業資金の調達方法も知らず、名目上の代表取締役であって、実質的経営責任者でないことを自ら認めている。このように、本件各申請の申請者である原告の代表者が本件計画の枢要について関与していないことからすれば、本件計画についての責任の所在は不明確である。
③ 現行の廃棄物処理法上、地域住民の理解及び地方公共団体の環境保全に関する計画との適合は極めて重要であって、要綱に基づく行政指導の目的とする公益上の必要性は高い。とりわけ本件計画は、宮城県内の民間の産廃最終処分施設としては最大規模であり、その社会的影響も大きく、特に交通障害、水質汚染の懸念は大きな問題である。それにもかかわらず、原告は、前記のように要綱を遵守もせず、地域住民の右懸念を取り除くための真摯な努力をしていないのであって、宮城県内の一七の市町村議会は本件計画に対する反対決議をし、地域住民の大部分からも強い反対がなされている状況であって、被告が行政指導を継続する公益上の必要性は、極めて高い。
(二) 行政指導に対する原告の非協力が社会通念上正義の観念に反する特段の事情の存在
(1) 条例三一条二項は、「前項の規定は、申請をした者が行政指導に従わないことにより公益を著しく害するおそれがある場合に、当該行政指導に携わる者が当該行政指導を継続することを妨げない。」と規定する。すなわち、原告が本件行政指導に従う意思がない旨を明確に表明したとしても、同項が適用されれば、被告は、本件行政指導を継続でき、本件不作為は適法と評価できるのである。
(2) 条例三一条二項は、六〇年最判が、「申請者が行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明した場合であっても、申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、行政指導に対する申請者の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情がある場合には、申請に対する処分を留保することも違法ではない」旨判示した点を明文化した規定であり、これと同趣旨に解釈されるべきである。そうすると、同条項にいう「公益を著しく害するおそれ」があるか否かの判断は、要綱の諸規定の公益性・合理性の有無及び程度、本件計画の内容、被告の指導の経緯、周辺地域の反対の状態やその理由等を検討して、行政指導の目的とする公益上の必要性と右行政指導により申請をした者が被る不利益とを比較衡量してなされるものと解釈すべきである。
(3) 本件では、前記(一)(3)に述べるような諸事情からすれば、原告が本件行政指導に従わないことにより、公益を著しく害するおそれがあるというべきであり、六〇年最判のいう特段の事情が認められる。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1(一) 被告の主張1(原告に対する行政指導)の冒頭及び(一)の主張は争う。
(二) 同(二)の各主張は争う。原告は、被告主張の建設予定地の土地所有者一名については、本件各申請が正式に受理された時点で同意書を提出する予定であるし、搬入道路の敷地所有者らについては、道路位置が確定した時点で速やかにその同意書をとる予定である。なお、原告は、本件計画の敷地部分に係る土地所有者については、既に全員の同意書を提出している。
被告は、要綱上、同意書が提出が必要とされる地権者等の範囲を定めるに当たり、要綱にいう「最終処分場の敷地」を本来の事業用敷地ではなく、跡地利用として設置する予定のゴルフ場の敷地と解釈しているようであるが、右「最終処分場の敷地」とは、本来の事業たる廃棄物埋立ての敷地を意味することは明らかである。このように解釈した場合、原告は、要綱で同意書の提出が義務づけられたほとんど全部の同意書を取り付けているし、残りについても、前記のように、本件各申請が正式に受理された時点で同意書を提出する予定である。
仮に、原告に要綱に反する行為があったとしても、要綱の基準は、これを遵守すべく努力することを要求する規定であり、原告は右努力を重ねたのだから、要綱を遵守しなかったとはいえない。
2 被告の主張2(調整的行政指導)は争う。
本件における行政指導は「法令の規定に基づいてされる」ものではないから、行政手続法七条の規定の適用は排除されない。なお、地方公共団体の機関がする行政指導については、それが自治事務に関するものであると国の機関委任事務に関するものであるとを問わず、全て行政手続法の適用除外とされているから(同法三条二項)、被告の調整的行政指導に対する行政手続法の適用の有無を論ずる被告の主張は、それ自体失当である。
3(一)(1) 被告の主張3(一)(行政指導に従わない意思の明確な表明の不存在)(1)の主張は争う。条例三一条一項は、申請を受理した後に適用される規定であるから、被告の本件処分ないし本件不作為には適用されない。また、行政手続法三三条の規定は、被告の行政指導に適用されないし、行政指導により行政手続法七条及び三三条の適用を解除したり、緩和したりすることもできない。六〇年最判は、行政庁が私人からの申請に対して審査を開始した後に紛争が生じた事案であるのに対し、本件は、行政庁が申請に対して審査を開始しない時点での紛争である。また、六〇年最判は、国家賠償の要件としての行為又は不作為の違法性に関するものであるのに対し、本件では受理拒否ないし不作為にかかわる手続法上の違法性が問題になっているのであるから、この面でも両者は事案を異にする。
(2) 同(2)の主張は争う。仮に、本件事案に六〇年最判の法理が適用されるとしても、そこにいう「真摯に表明」とは、一時の感情に出たものとか交渉上の駆け引きではなく、真剣かつ本気の意思という意味の表明で足りると解すべきであるところ、原告は、被告に対し、本件行政指導に関して、仙台地方裁判所平成五年(行ウ)第九号不作為の違法確認請求事件を提起した上、さらに本件訴えを提起し、行政指導に服従しない意思を明確かつ真摯に表明したものである。
(3) 同(3)の各事実は否認し、その主張は争う。
① 本件計画が当初、ゴルフ場を目的とするものであったこと、あるいはその後に計画内容が変化していることは、申請受理拒否ないし留保の正当性の有無の問題とは何ら関係がない。原告としては、被告や一部住民の反対を和らげる目的で原計画に必ずしも固執せず、計画の手直し、変更を行っているものである。
② 原告の全株主は、株式会社ユニコン(以下「ユニコン」という。)が取得しているところ、ユニコンは、本件各申請に許可がおり次第、直ちに、必要なスタッフを配置し、必要な事務所などの施設を設け、廃棄物処理法の設置経営に経験の深い専門家、有力企業の協力を得て、事業活動を行う予定である。ユニコンは、十分な資産、財政力、人的スタッフを備えた会社である。許可の見通しが立たないうちに人的・物的設備を備えることは、採算を無視する行動であって、民間企業にあっては、到底行われないことである。
③ 被告は、原告が行政指導を拒否したように主張するが、原告は、被告の要綱を遵守すべく、長期間最大限の努力を尽くしたものである。なお、水質汚染の問題についていえば、現在、水質汚染を全く起こさない産廃処理技術はすでに確立している。したがって、本件計画にあっても、廃棄物処理法の許可制度及びその後の監督によって安全な操業の実現は可能であるし、これら環境に対する悪影響の問題は、計画内容の問題であるから、被告が本件各申請書を返戻してよい理由とはならない。被告は、本件各申請書を受理し、実質審査の上、本件計画が水質汚染等を引き起こす可能性があるとすれば、申請を拒否すればよいし、許可した後そのようなおそれが生じるのであれば、行政庁の監督権に基づき、原告に対し是正を命じ、操業停止を命じればよいことである。また、住民が反対するからといって、許可申請者の法律上保障された手続上の権利を無視することは正当化されないことはいうまでもない。
仮に、原告に要綱不遵守が認められるとしても、要綱は正規の法令でなく、行政指導の方針を成文化したものにすぎず、関係者がこれに協力するか否かは各人の自由であるから、右不遵守をもって直ちに公益違反とすることはできない。原告の本件各申請の内容が公益に反するかどうかは、被告が本件申請を受理し、本案審理をしたうえで決すべきものである。
(二)(1) 同(二)(行政指導に対する原告の非協力が社会通念上正義の観念に反する特段の事情の存在)(1)、(2)は争う。行政手続条例三一条二項は、申請を受理した後に適用される規定であり、被告の本件処分には適用されないし、六〇年最判が本件と事案を異にすることは、前記(一)(1)のとおりである。
(2) 仮に、条例三一条二項が本件に適用されるとしても、右(一)(3)のところからすれば、本件で、被告が主張するような特段の事情は認められないというべきである。
理由
一 前提となる事実
1 当事者、本件各申請等
請求原因1(当事者等)、同2(一)(本件各申請)、同2(二)(本件返戻行為)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。なお、被告は、国の機関として、委任を受けて、本件各申請に対し許可権を行使するものであり(廃棄物処理法一四条四項、一五条一項)、したがって、本件各申請に対して被告の行う手続に対しては、行政手続法の適用があると解される(行政手続法二条五項ロ、三条二項)。
2 廃棄物処理法の趣旨等
(一) 廃棄物処理法は、廃棄物の排出の抑制及び廃棄物の適正な分別、保管、収集、運搬、再生、処分等の処理並びに生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とするものである(一条)。同法が、産廃の処分業を営むこと及び産廃施設の設置につき許可制を採用(一四条四項、一五条一項)したのは、前者においては、その事業の用に供する施設及び申請者の能力がその事業を的確、かつ、継続して行うに足りるかを判断させ(一四条六項)、かつ、生活環境上の保全措置をとることを可能にする(同条七項)ためであり、後者においては、産廃施設が技術上の基準に適合し、災害防止のための計画が定められていることを確認し(一五条二項)、生活環境の保全上必要な措置をとることを可能にする(同条三項)ためである。廃棄物処理法は、各許可基準の詳細は、厚生省令に委任し、これを受けて廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和四六年厚生省令第三五号)、あるいは一般廃棄物の最終処分場及び産廃の最終処分場にかかる技術上の基準を定める命令によって具体的な許可基準が規定されている。
(二) 要綱は、産廃処理業者及び産廃再生利用業者(以下「事業者等」という。)が産廃施設の設置及び維持管理を行う場合に、県が事業者等に対し、公害防止、災害防止等のために必要な指導、助言及び監督を行うことによって生活環境の保全及び産廃の適正処理の推進を図ることを目的とする(要綱一条)。要綱は、右目的の実現のため、事業者等に対し、法、令、規則その他の関係法令の遵守に加え、要綱に定める事項の遵守を求め、具体的には、公害及び災害の発生の防止、地域住民等の生命及び財産に対する被害の防止、関係市町村に対する計画の説明、地域住民等に対する説明会の開催等の要請事項を列挙する(要綱三条)。要綱は、さらに、事業者等に対し、廃棄物処理法一四条四項(ただし、最終処分場の新設にかかる場合に限る。)、一五条一項の許可申請前に、事前協議書を当該産廃施設の所在地を管轄する保健所長を経由の上知事に提出し、事前に県と協議すること(要綱六条一項)、事前協議書には別表の書類等を添付すること(同条二項)を要請し、加えて、知事が独自に定める産廃施設の立地記述、構造基準を遵守すること(要綱七、八条)を要請している。
3 本件各申請の経緯(以下、この項で、特に担当部署及び担当者を明示しないときは、「被告」とは、被告の下部機関としての仙南保健所環境公害課及びその職員を指し、「白石市」とは、同市役所の企画財政課及びその職員を指す。)
(一) 原告の設立の経緯等について
原告は、昭和五四年一二月一五日、スペイサー精工株式会社として、東京都新宿区内に本店を置いて設立された会社であるが、平成元年四月一日、商号を株式会社南蔵王ゴルフ倶楽部(以下「南蔵王ゴルフクラブ」という。)に変更し、同年五月三〇日、その旨の登記がされた(乙四八の一、九)。右商号の変更に際して、原告代表者である阿部幸雄や竹内陽一(以下「竹内」という。)を含む四人が取締役に就任するとともに、本店所在地が白石市になった(乙四八の一)。
南蔵王ゴルフクラブは、平成四年一月八日、現在のように商号を変更し、同月二二日、その旨の登記をするとともに、会社の目的として、産廃等の収集、再加工、廃棄処理等の事業を付加した(乙四八の九)。
前記スペイサー精工は、いわゆる休眠会社であったとみられるし、南蔵王ゴルフクラブも、特に事業活動を行った形跡はない(乙四八の五、弁論の全趣旨)。
平成四年五月二日、ユニコン(代表取締役長谷川九郎)は、原告と株式譲渡に関する協定を締結の上、同年八月三一日、原告の全株式を取得して、その実質的なオーナーとなった(甲二七、二八の一、原告代表者)。ユニコンは、大阪府枚方市に本社を有する会社であり、昭和五六年一月一四日に設立され、土地開発、コンサルテイング等を業とする会社であるところ、本件各申請についての許可が得られ次第、原告に資金を援助し、その事業に参画する意思を有している(甲二八の一、二)。もっとも、現状では、原告は、従業員はおらず、会社事務所もなく、地元の地権者の自宅を連絡所にしている状態であり、特に事業活動も行っておらず、その資産や負債の状況も不明である(原告代表者、弁論の全趣旨)。
(二) ゴルフ場計画と産廃施設設置計画の発端
白石市小原の上戸沢地区は、いわゆる過疎地域であって、地域振興策を検討していたところ、これを伝え聞いた竹内は、地元の上戸沢農業協同組合の組合長であった新妻継雄らと相談の上、地元住民全員の賛成を経て、昭和六三年末頃、同地区にゴルフ場を建設する計画を建てた(甲二七、乙七七)。
そして、平成元年八月、原告(当時は南蔵王ゴルフクラブ)は、白石市に対し、「ゴルフ場新設計画概要書提出について」と題する書面を提出した(乙七八)。
ところが、右ゴルフ場新設工事に必要とされる土工量が、宮城県の「大規模開発行為に関する指導要綱」の定める土工量規制に抵触することから、右ゴルフ場計画は、一旦中止されたものの、その後、産廃等により合法的手段で本件予定地を埋め立て、跡地利用としてゴルフ場を造成するなら、右土工量規制に違反せずにゴルフ場を造成できると考えられたため、原告は、産廃施設の設置について計画を策定することとした(甲二七、乙七七、七八、原告代表者)。新妻継雄ら地元の関係者も右計画に好意的であり、平成四年二月二四日、原告は、上戸沢牧野農業協同組合及び右新妻他二五名との間に、本件計画に係る開発基本協定を締結した(甲二七)。
(三) 原告による被告及び白石市に対する本件計画提示の経緯等
平成四年一月三〇日、ユニコンの常務取締役である福田正員(以下「福田」という。)が、原告から本件計画の処分場用地買収の資金援助の依頼を受けたとして、被告及び白石市を相次いで訪問し、原告が本件計画を被告に対し申請しているかの確認を求めた。被告及び白石市は、この時点で、本件計画が存在することを認識した(乙四九、五一、証人高橋)。
同年三月、原告は、上戸沢地区の住民について、福島県いわき市内郷の管理型処分場の見学を計画したところ、同地区のほぼ全住民がこれに参加し、本件計画に賛成の意向を示した(甲二七、乙五二、七七、原告代表者)。
同年四月六日、福田は、一月三〇日と同様の趣旨で被告を訪問し、被告は、この際、事業者が原告であること、廃棄物の種類、埋立面積、容量等本件処分場の計画の概要を聴取し、同時に、白石市の内諾と付近住民の同意を得ることが許可の前提となる旨説明した(乙四九、五四、五五)。
同月一七日、初めて、原告代表者が、被告を訪問し、事業の概要を説明した。これに対し、被告は、白石市に事業計画を説明し、内諾を得ることを指示した(乙四九、五六)。
同年六月四日、原告は、被告及び白石市に対し、産廃施設設置に係る事前協議書を提出しようとしたところ、被告らは、これを参考資料として預かった(乙四九、六三、証人遠藤)。
(四) 白石市等が本件計画反対を表明した経緯
平成四年六月二四日、本件計画を推進する上戸沢地区の住民が白石市長に面談し、嘆願書を提出した際、同市長は、白石市は、本件計画に反対する方針である旨表明し、以後、一貫して反対の意思を示している(乙六三、証人遠藤)。右反対の理由は、本件計画における処分場が、仙南仙塩広域水道用水供給事業あるいは湯元地区の簡易水道の取水口の上流に位置するので、水質が汚染された場合の被害が甚大であること、本件計画では、管理型処分場が予定されているが長期的管理ができるのか不安があること、原告は、本件計画の前提として、ゴルフ場の建設を予定しているが、これはゴルフ場建設に必要な土工量が県の規制する土工量を上回るために廃棄物により右規制を回避しようとするものであるところ、右規制の趣旨は、廃棄物であっても妥当するものであること、また、白石市は、現在、ゴルフ場開発に当たっての開発協議に参加しないことを決定しているから、ゴルフ場の建設自体が、実現可能性が乏しいことなどにある(甲一九、乙六三、証人遠藤)。同年一一月二六日、白石市は、来庁した原告代表者に対し、本件計画につき反対の意思を表明した(乙六三、証人遠藤)。
平成五年一月頃から、白石市議会、白石市長、白石市小原地区自治会をはじめとして、宮城県議会、宮城県の諸市長村議会、白石商工会議所等の各種団体が、被告あるいは白石市に対し、本件計画に対する反対の意思表明をした(甲一九、乙六ないし三四、四九、六三)。また、白石市が、同年一月七日、同市の小原地区の一四の自治会長に対して、本件計画の概要を説明したところ、上戸沢地区を除く一三の自治会長が反対の意思を表明した(乙四九)。そして、同年二月八日、小原公民館において、原告に対し、小原地区自治会連合会から、本件計画に反対の申入れがあった(甲二七)。
(五) 本件計画に対する原・被告間の交渉経緯
平成四年五月から同年一二月にかけ、原告は、数回にわたり、被告及び白石市を訪問して、事前協議に入るよう要請し、同年一一月六日には、事前協議書の受理を要請した(甲二七)。
平成五年一月から二月にかけ、原告は、被告及び白石市に対し、事前協議に入るよう要請したが被告らはこれに応じなかった(甲二七、原告代表者)。
同年三月一八日、被告は、原告に対し、原告が平成四年六月四日に被告から参考資料として提出されていた事前協議書を返戻した(甲二七、乙四九)。
同年五月一二日、原告代表者や福田らが被告を訪問したが、被告は、同年三月一八日返戻した事前協議書を受け付けるには、地域住民の理解を得ることが要件である旨説明した(乙四九)。
同月一七日、原告代表者及び福田らは、被告において、事前協議書のできた部分を持参したので、その部分を受理されたい旨要請したが、被告は、事前協議書の提出前に地域住民等の理解を得てもらいたいとして、これに応じなかった(甲二七、乙四九)。
同月一八日、原告代表者らが、被告(県庁廃棄物対策課及び仙南保健所)を訪れ、事前協議書の受理を要請した(甲二七)ところ、被告は、原告に対し、地域住民に対する説明会開催の回数及び県外産業廃棄物の埋立割合が七割である点について尋ね、原告は、右回数は一回であり、後者については、今後協議する意向である旨答えた(甲二七、乙四九)。
同年六月八日、原告代表者ら及び上戸沢地区の住民八名が、被告に対し、上戸沢地区の住民が、本件の産廃施設の建設に向けて話し合いの機会を持ちたい旨を記載した嘆願書及び産廃施設建設についての同意書を提出した。(甲二七、乙四九)。
同月一〇日、原告は、被告の指導に基づいて、小原地区一三自治会各会長に宛てて、事業説明会の案内を送付したが、同月一四日、小原地区自治会連合会より、原告に対し、右説明会欠席の通知がされ、同月二六日、開催された説明会では、上戸沢地区以外の小原地区住民の参加は得られなかった(甲二七、原告代表者)。
同年七月から八月にかけ、ユニコンの代表者の長谷川九郎が、数回にわたり、被告を訪れて事前協議書の受理を要請するとともに、白石市を訪問して、市長へのアポイントを求めたが拒否された(甲二七)。
同年一〇月一二日、原告代表者は、被告及び白石市が事前協議に応じない方針であると考え、事前協議を断念して直ちに本申請をすることとし、代理人の弁護士を伴って被告を訪れ、原告としてはもはやこれ以上要綱に基づく行政指導に服従しないので直ちに正式の申請書を受理してほしい旨述べて、これを提出したところ、被告は、原告が、上戸沢地区のほか、生活環境に影響を生ずるおそれがある下戸沢地区、小原湯元地区を含む小原地区の住民の理解を得る十分な努力をしているかどうか、その成果が得られたかどうか問題があるとして、右申請書の受領を拒否した(甲二七、乙四九、原告代表者)。
同月一三日、原告が配達証明郵便に付した正式な申請書が被告に到達したが、被告は、同月二二日、これを原告に返戻した(甲二七、乙四九)。
同年一一月二六日、原告は、被告に対し、右申請書の返戻につき被告の不作為の違法確認等を請求する訴訟(仙台地方裁判所平成五年(行ウ)第九号事件)を提起したが、右訴訟は、平成九年九月一六日、請求の放棄により終了した(当裁判所に顕著である)。
平成六年三月二二日、原告は、改めて廃棄物処理法施行規則の様式に則った申請書を作成し、被告に提出したが、被告は、要綱の手続未了あるいは係争中であることを理由に受領を拒絶したため、原告は、右申請書を郵送したところ、同年四月一日、被告は、右各申請書を返戻した(甲二七、乙四九)。
平成七年一〇月一六日、原告は、被告に対し、本件各申請にかかる申請書を仙南保健所に持参して提出しようとしたところ、被告は、要綱の手続未了を理由に受領を拒絶したため、原告は、本件各申請を郵送したが、被告は、同月三〇日、右各申請書を返戻した(争いのない事実)。
二 本件返戻行為の処分性及び本件不作為について
1 原告は、被告が、平成七年一〇月三〇日に本件各申請書を返戻したこと(本件返戻行為)は、被告において、本件各申請を審査しない意思を示した行為であるから、それは本件各申請についてその受理を拒絶した行政処分であると主張するので、この点につき検討するに、前記一3(五)認定の本件各申請についての原告と被告との交渉の経緯、ことに、被告は、本件について事前協議に応ずることをも拒否し続けてきたものであることや、本件返戻行為に際して被告が原告に対し送付した通知書(甲三)には、本件各申請につき、「公益を著しく害するおそれがありますので、取り下げし、当該手続きを経た上で申請願います。」という記載があることなどからすれば、被告は、本件各申請につき、その内容を具体的に審査することなく、本件返戻行為をしたことが明らかである。
これによれば、本件返戻行為の性質は、申請についての審査の拒否と認められるところ、原告は、これが受理拒絶の行政処分に当たるとするけれども、廃棄物処理法は、私人が、行政庁に対し、同法一四条及び一五条の各規定に基づく申請をした場合、行政庁の受理等の行為を予定していないし、不受理の場合を念頭に置いた規定もなく、被告は、本件各申請が被告に到達した以上、直ちに審査の開始を行うことが義務づけられているというべきであるから、右審査の拒否はあくまで事実上の措置というほかなく、これをもって何らかの法的効果を伴う行政処分がなされたと認めることは困難である。
そうすると、原告主張の本件各申請の受理拒否処分(本件処分)が存在するとはいえないから、本件訴えのうち、本件処分の存在を前提にその取消しを求める部分は不適法である。
2 前記1のように、被告は、本件各申請が被告に到達した以上、他に何らの行為を要件とすることなく、直ちに行政手続法七条にいう審査の開始を行うことが義務づけられているところ、それが到達したにもかかわらず、本件返戻行為に及び、何らその審査をしていないのであるから、本件各申請に対する被告の不作為(本件不作為)が存在することは明らかである。
三 本件不作為の適法性について
1 調整的行政指導に関する主張(被告の主張2)について
被告は、本件行政指導は、行政手続法三条一項一二号及び条例三一条一項七号に定める調整的行政指導であるから、この場合、申請に対する審査・応答義務を定めた同法七条の適用はなく、本件不作為は適法であると主張する。
しかし、右調整的行政指導に当たるとするには、当該行政指導が、法令の規定に基づいてされることが要件であるところ、本件行政指導は、法令に基づくものではなく、要綱四条に基づくものであるし、要綱が法令に当たらないことは明らかであるから、その余の点について検討するまでもなく、右被告の主張は理由がない。
2 申請の取下げを求める行政指導に関する主張(被告の主張3)について
(一) 被告は、条例三一条の適用がある場合には、行政手続法七条の適用が排除され、本件不作為は適法となること、条例三一条一項は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を明確に表明しない限り、当該行政指導を継続できる旨を定め、同条二項は、申請者が行政指導に従わないことにより公益を著しく害するおそれがある場合には、申請者の意思いかんにかかわらず、行政指導を継続できる旨を定めているところ、これらは、六〇年最判を明文化したものであり、それと同趣旨に解すべきであること、すなわち、右「行政指導に従う意思がない旨を明確に表明した」とは、行政指導の相手方の意思の表明について、社会的にも首肯しうるような客観的条件が備わっていることを意味し、そこにいう「相手方の意思」とは、産業廃棄物の処理の事業についての社会的責任を自覚する者の意思を指すこと、また、同条二項の「公益を著しく害するおそれ」があるか否かの判断は、申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、行政指導に対する申請者の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情があるか否かによって決せられるべきであることを主張する。
(二) そこで、この点につき検討するに、条例三一条と行政手続法七条の関係はともかく、右条例の規定が、六〇年最判を踏まえて立法化されたものであり、右判例の趣旨に沿って解釈されるべきことは被告主張のとおりである。
しかし、本件は、不作為の違法確認の訴えにおける違法性が問題となっているのに対し、六〇年最判は、国家賠償請求において、行政指導を理由とする処分の留保の違法性が問題となった事案であるところ、国家賠償請求における不作為の違法と、不作為の違法確認訴訟における不作為の違法とでは質的に相違があるというべきである(最高裁平成三年四月二六日第二小法廷判決、民集四五巻四号六五三頁)。ことに、不作為の違法確認訴訟は、違法な不作為状態を解消し、最終的な救済に向けて中間的な解決を図るための訴訟であり、その性質上迅速な解決が要求されるのであるから、その争点は、法令に基づく申請の有無と、相当期間の経過の点に絞られるというべきであって、右相当期間の経過につき、それを正当とする事情の存否が問題になる場合があり、その中には行政指導の継続を理由とする場合が含まれるとしても、それは申請者が行政指導に従う意思を示していたか否か等、行政指導の必要性やそれに対する申請者の対応等に立ち入るまでもなく、容易に判断が可能な事柄に限られるというべきである。
このようにみてくると、本件のような不作為の違法確認訴訟において、相当期間経過の正当性の判断に当たり、六〇年最判の判示するような、「申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、行政指導に対する申請者の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情」の存否についてまで立ち入って審理することが予定されているとは解し難く、右判示が必ずしも本件の判断基準となるとはいえないと考えられる。
(三) そして、本件では、本件各申請時から既に二年余を経過している上、右申請と同内容の当初の申請時からは四年余を経ていること、なお、本件で、原告が本件行政指導に従う意思がない旨を明確に表明していることは後記(四)のとおりであり、行政指導の継続の必要性をもって処分留保の理由とはなし難いことなどからすれば、本件各申請が、大規模な産廃施設に関するものであり、それが認められた場合の社会的影響も大きく、その許否については慎重な行政上の判断が要求されることを考慮しても、その判断の遅延およびそれに伴う相当期間の経過に正当な理由があるとはいえない。
(四) 仮に、本件不作為の適法性を六〇年最判の趣旨に沿って考えるとしても、同条一項にいう、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を明確に表明したとは、申請者が、今後、行政指導に従う意思がなく、これを翻意する意思がないことを客観的に明らかにすれば足りるというべきところ、前記一3(五)認定の本件各申請についての原告と被告との交渉の経緯からすれば、本件で、原告は、右のような意思を客観的にも明らかにしているというべきである。被告は、右意思の表明につき、社会的にも首肯しうるような客観的条件が備わっていることが必要であると主張するところ、必ずしもそのように解すべき根拠はないと考えられるが、その前提で考えた場合でも、本件では、前記のように、原告が被告に対し、要綱に基づく事前協議を再三申し入れたにもかかわらず、被告がこれに応じなかったものであること、そのもっとも大きな理由は、地域住民が本件計画に反対の意向を示していたことにあること、右反対の運動はやがて地元の公共団体を含む大規模なものになり、原告が開催した説明会にも地域住民らがほとんど欠席するなど、もはや事態の進展が見込まれない状況になったのであるから、本件では、原告が行政指導に従う意思がないことを表明するにつき、社会的にも首肯しうるような客観的条件があるというべきである。なお、被告は、右意思とは、産業廃棄物の処理の事業についての社会的責任を自覚する者の意思を指す旨主張するが、そのように解すべき根拠はないといわざるを得ない。
(五) 右(四)の前提で考えた場合、次に、本件につき、申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、行政指導に対する申請者の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情があるか否かが問題となるので、以下、この点につき検討する。
(1) 前記一2(二)のとおり、要綱は、廃棄物処理法の趣旨を踏まえて、地域住民の生活環境の保全及び産廃の適正処理の推進を図るために制定されたものであり、公益性を有するというべきところ、本件行政指導が要綱に基づくものであることは明らかである。
(2) 本件で、原告は、要綱に定める諸手続を必ずしも履践しないまま、本件各申請に及んでいるところ、前記一3認定の諸事実からすれば、その理由は、被告(仙南保健所)及び関係市町村である白石市が要綱に定める事前協議に応じなかったことにあることが明らかである。被告らが右事前協議に応じなかったのは、地域住民らの理解や同意が得られていないということによるものであるところ、事業者と地域住民との紛争を未然に防止するため、行政指導により、事業者に付近住民の同意を得る努力をさせることは望ましいけれども、本件では、原告が開催した説明会に対して、地域住民等は、これを集団で欠席している上、地元の白石市や白石市議会、白石商工会議所だけでなく、宮城県議会等もこぞって本件計画に反対の意向を示し、それを覆すことは極めて困難な状況になっていた。かような場合にまで、地元住民の理解や同意が得られなければ、要綱の定める事前協議に応じてもらえず、申請手続ができないとすれば、それは原告に不可能を強いて、廃棄物処理法一四条四項、一五条一項に認められた原告の申請権を行政指導によって奪うものといわなければならない。また、被告は、その主張三1(二)のとおり、原告が要綱三条の諸規定や六条二項を遵守していないと主張するけれども、このうち地域住民の理解に関する点や、地域住民及び関係市町村との生活保全協定締結に関する点については、右のような状況から、それを履践しえなかったこともやむを得ないというべきであるし、前記一3認定の諸事実及び弁論の全趣旨に照らせば、その他の点については、原告が必ずしも要綱に従う意思がなかったとは認め難い。
(3) 被告は、前記特段の事情として、ほかに、被告の主張3(一)(3)の①、②のとおり主張するところ、たしかに、前記一3認定の事実からすれば、原告自体としては、現状では、必ずしも本件計画にかかる産廃施設を建設し、運営していく十分な人的、物的能力、経理的基盤を有しているとは認め難いこと、また、本件計画は当初ゴルフ場の建設の副産物として発生したものであるし、現在でもその計画内容が十分に固まっているとはいえず、曖昧な部分があること、さらに、本件の産廃施設は、かなり大規模なものであって、周辺地域の住民や地方公共団体に対し、かなりの影響を及ぼす可能性があること等の諸事情が認められる。
しかし、原告自体の人的・物的能力や経理的基盤が、現状で右のようなものであったとしても、その株主であるユニコンは、それ相応の人的・物的能力及び資金的な基礎を有する会社と認められるし、同社は、本件計画の実現の目途がつき次第、原告に資金を援助し、その事業に参画する意思を有しているのであるから、右のような原告の現在の状況から直ちに、本件計画が真摯に企画・立案されたものでないとか、その責任の所在が不明確であるとはいえないと考えられる。なお、本件各申請の審査時においても、申請者たる原告の経理的基礎等に依然として問題があり、事業遂行能力に疑問があるとすれば、それは廃棄物処理法一四条六項一号、同法施行規則一〇条の五の二号ロ(2)の不許可事由に該当することであって、それらの実体的要件の存否として判断すれば足りると考えられる。また、本件計画内容等についての不備についても、それが申請の形式上の要件に適合しないものであれば、審査の過程で速やかに補正を求めるべきであるし(行政手続法七条)、右要件に適合していれば、その実体的審査を拒む理由はない。さらに、本件の産廃施設が周辺地域の住民等に及ぼす影響についても、廃棄物処理法上、生活環境の保全上必要な条件を付して許可することも可能であるし、許可後にそのようなおそれが生じた場合には、行政上の監督権を発動することも可能である。
このようにみてくると、前記の諸事情をもって、申請者の意思に反し、行政指導を継続する根拠とすることはできないし、それに対する原告の不協力が必ずしも正義の観念に反するともいえないと考えられるのであるから、これらの点をもって、前記特段の事情があるということはできない。
(4) 前記(2)からすれば、本件行政指導を継続するということは、原告に、事実上、本件各申請を断念させることに等しく、多大な不利益を及ぼすことは明らかである。
(5) このようにみてくると、要綱の持つ公益性を十分に考慮しても、本件行政指導に対する原告の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情が存在するとは認め難い。
(六) 本件各申請につき、慎重な行政上の判断が要求されることを考慮しても相当期間を経過したことについて、正当な理由があるといえないことは前記(三)のとおりである。
(七) したがって、いずれにせよ、本件不作為は違法であるというべきである。
四 結論
よって、本件訴えのうち、原告の主位的請求に係る部分は不適応であるからこれを却下し、予備的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六四条ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官及川憲夫 裁判官佐藤道明 裁判官山崎克人)
別表<省略>